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zoom RSS 堀内孝雄 「川は泣いている 」

<<   作成日時 : 2011/05/15 18:42   >>

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堀内孝雄 「川は泣いている 」
http://www.youtube.com/watch?v=F-StMjcb8LM&feature=related


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【●】「嘉手納統合提案」の衝撃 その3
地元紙で識るオキナワ
http://michisan.ti-da.net/e3556315.html

今年1月元旦の記事を覚えておられるだろうか?
今の沖縄の最も重要なことはこれだ!と琉球新報は記事にした。
今年取り組むべき課題はこれだ!と琉球新報は記事にした。
嘉手納の騒音被害はもう限界だ!という記事だ。
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社会 ;国内最大 原告2万超 嘉手納爆音 3次訴訟、2次の4倍2011年1月1日
http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-171805-storytopic-1.html

外来機が飛来するなど騒音が激化する米軍嘉手納基地。改善されない爆音被害に2万人を超える周辺住民が訴訟に参加し飛行差し止めを求める=2010年4月(上空から撮影)

 【中部】米軍嘉手納基地の周辺住民が米軍機の騒音による精神的苦痛などを訴え、米軍機の夜間、早朝の飛行を止めようと、提訴に向け準備を進めている第3次嘉手納爆音訴訟は原告数が2万人を超えることが12月31日までに、関係者の話で分かった。2万人を超える規模の集団訴訟は国内で例がない。原告約5500人のマンモス訴訟と言われた第2次訴訟の4倍以上になる大規模原告団で騒音を放置し続ける国に異議を申し立てる。原告団は3月に訴訟を起こす方針。
 原告は嘉手納基地周辺に位置する嘉手納町、北谷町、沖縄市、うるま市(旧具志川市、石川市)、読谷村の住民ら。騒音が続く時間や回数などを総合し算出する、うるささ指数(W値)75〜95以上の区域に居住している。原告、弁護団は3月の提訴に向け、原告の最終的な取りまとめや訴状の準備を進める。
 嘉手納爆音訴訟は1982年に第1次、2000年に第2次が提起された。原告数は判決時点で第1次は906人、第2次は5540人だった。全国の同種訴訟は第4次厚木爆音訴訟が原告約7千人で最も多い。
 第2次訴訟で原告は(1)午後7時から翌日午前7時までの航空機離着陸の禁止(2)午前7時から午後7時までに発生する航空機騒音の制限(3)騒音で被った精神的苦による過去や未来分の慰謝料―などを求めた。今回も同様の請求になる見込み。
 判決は1次、2次の高裁判決ともに米軍機の飛行などは国の支配が及ばない第三者(米軍)の行為だとして飛行差し止め請求を棄却した。一方でW値75以上区域の騒音の違法性を認定し、国に損害賠償の支払いを命じた。2次訴訟の控訴審判決は「受忍限度を超える騒音は明らか」と断じた。
 第2次訴訟は飛行差し止めなどを求めて最高裁へ上告中。2010年12月28日現在、最高裁は「継続中。(審理)期日は入っていない」としている。

◆復帰求めた運動と同じエネルギー
 高良鉄美琉球大教授(憲法)の話 平和に生きるためにと復帰を求めた運動と同じエネルギーを感じる。復帰運動も引いて見ると人権や憲法の問題にある。しかし、昨今の普天間飛行場の問題など構造的な差別が浮き彫りになり、基本的人権や平等権を保障する憲法が適用されていない実態への不満が原告2万人を超える流れにつながったと言える。憲法の軸からすると、嘉手納基地の騒音問題は憲法の原則に反している。根本的な解決を図る必要がある。司法は人権保障の砦(とりで)、憲法の番人。住民は憲法に頼っていることを司法は真正面から向き合わなければならない。

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社会;「静かな夜」今度こそ 第3次嘉手納爆音訴訟2011年1月1日
http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-171817-storytopic-1.html

 【中部】裁判所が違法と認める爆音にさらされてきた住民の怒りは、2万人を超す嘉手納爆音第3次原告団となって一つにまとまった。1982年の第1次訴訟以来、30年近く「静かな夜」を求めてきた住民らは、今度こそ平穏な暮らしの実現を期待する。
 原告の一人で嘉手納町水釜に住む城間美智子さん(50)は第3次訴訟を最後にしたいと願う。深夜、演習開始を告げる大音量の英語のアナウンス、鳴り響く警報に起こされ、不安を感じたこともある。
 原告が2万人を超えることによって「(基地の被害に)我慢している人がこれだけいるんだと、県外の人に訴えられるのではないか」と話し、被害の深刻さが全国に届くことを期待する。
 度重なる外来機の飛来や日米共同演習によって騒音は激しさを増している。嘉手納町嘉手納で自転車店を営む石川茂夫さん(54)は「騒音がひどくなった」と話す。
 店は県道を挟んで基地の向かい。爆音で商談が中断する。だが「改善を図る政治的責務を負う」(第2次訴訟控訴審判決)はずの国の対策は効果的と思えない。読谷村に住んでおり、原告団に加わらないが「理不尽な日米の関係を対等にしてほしい」と思いを託した。
 嘉手納飛行場に関する三市町連絡協議会(三連協)会長の野国昌春北谷町長は2万人超の原告団が結成されることに「裁判所も認める国の無作為に対する住民の怒りがある」と話すとともに、「改善されない限り、永久に訴訟は続く」との見方を示した。
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「住民の暮らし二の次」/仲村清勇 2次原告団長
 第2次嘉手納爆音訴訟で原告団長を務める仲村清勇さんに、第3次訴訟への思いや意義を聞いた。
(聞き手 増田健太)
 ―第3次訴訟に向けて。
 「これまで騒音被害を改善してほしいと訴え、裁判所に騒音の違法性が認められながら、国は何も打つ手がない。米国に対して何も言わず、使いたいだけ使っていいという姿勢だ。住民の暮らしが二の次になっている」
 「騒音防止協定は、夜間・早朝の飛行を禁止している。国がその気になれば飛行差し止めはできる」
 ―訴えたいことは。
 「授業中に騒音を受ける子どもたちにとっては学習権の侵害だ。実際に爆音で難聴になっている人もいる。侵害行為をやめるよう求める」
 ―これまでの判決について。
 「騒音は(国の支配が及ばない)第三者の行為なので差し止めはできないという論理で逃げている。これでは住民は納得しない。最高裁に動きはなく、新たに訴えなければいけない」
 ―原告が2万人を超える。
 「原告団を運動体として作り上げていきたい。米軍からすれば飛行場があれば訓練するのが当たり前だという認識だろう。だから基地をなくしてほしいというのが思


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あれから5か月経って、「嘉手納にはまだつっこめるぞ!」ときた。
これで「普天間の人は救われる」「辺野古の人は救われる」とは沖縄の人は考えない。
重い荷物を一つ沖縄以外で担いでくれ!と言っているのだ。
そんな沖縄の声を全く聞こうとしない沖縄選出のひとりの国会議員が絵を描き、日米政界で動き回っている。
彼はもう沖縄という選挙区の選挙民の代表でも何でもない。つまり代議士でも何でもない。


差別固定化に貢献する沖縄選出議員


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政治 ;下地氏「合理性認められた」 嘉手納統合提案2011年5月13日
http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-177040-storytopic-3.html

   下地幹郎氏

 【東京】米上院軍事委員会のレビン委員長らが米軍普天間飛行場の嘉手納基地への統合案検討を促す提案書を提出したことについて、長年、嘉手納統合案を主張してきた国民新党の下地幹郎幹事長は12日「合理性が米議会でも認められ、うれしい。菅直人首相もこの動きを認識し、辺野古移設の考えをゼロにし、見直すことが大事だ」と述べた。
 下地氏は今後、嘉手納統合案の実現に向け、日米安全保障協議委員会(2プラス2)開催前に再度訪米することも検討している。
 県内での嘉手納統合案への根強い反発について下地氏は「訴訟でも、ジェット機の騒音は違法認定されたがヘリの騒音は認定されていない。嘉手納移転により普天間第二小学校からヘリの騒音が消えた日を県民がみれば、反発が出なくなると分かっている」と述べ、地元の理解獲得に取り組む考えを示した。
 下地氏は2004年、嘉手納統合案が党方針と反することなどを理由に自民党を除名された。その後も一貫して嘉手納統合案を主張してきたが09年2月にグアム移転協定が署名されたことを受け「統合案の実現可能性がなくなった」として新嘉手納統合案の提唱をやめると表明し、8月の衆院選では統合案を封印して当選。10年3月に鳩山政権下(当時)で「嘉手納基地騒音暫定提言案2010」を政府に提案するなど再び嘉手納統合案を主張している。
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昨日の琉球新報のコラム「金口木舌」です

 ある島に重い荷物を背負わされたFさんとKさんがいた。Fさんは「もう抱えきれない。いまに人身に被害が出ます」

▼訴えを聞いた偉い人は「今から新たに担ぐ人を探すのは“非現実的”だな。Kに荷物の入った袋を2個持ってもらうとするか。あっ、でも荷物は袋1個に押し込めるか。1個に減るから喜ぶだろうな」

▼米上院軍事委員会のカール・レビン委員長らが米軍普天間飛行場の嘉手納統合を提案した。普天間、嘉手納基地の一部機能をグアムに移した上で統合するという。さらに嘉手納の弾薬庫の縮小も可能で、沖縄の負担軽減につながる目算だ

▼机上の計算で「1+1=1・5」のつもりか。しかし思惑通りにいくまい。嘉手納については過去にも航空機騒音規制やF15戦闘機の一部訓練移転などの策を講じたことになっている。しかし騒音は逆に増えた。住民は日米の言う「負担軽減」にずっと裏切られてきた。嘉手納統合は感覚的にいうと外来機の負担も合わせ「1+0・5+1=2・5」か

▼ただし、レビン氏らは重要なことも示唆した。名護市辺野古への移設を実行不可能と断言し、在沖米軍の「抑止力」の象徴である嘉手納の一部機能の移転も可能としたことだ。弾薬庫に手を付ければ、嘉手納基地の縮小・返還論議も呼ぶだろう

▼普天間問題はレビン氏の意図とは違う方向に進むかもしれない。(琉球新報5/14、コラム「金口木舌」より)

http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-177058-storytopic-12.html

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【●】覚醒なき国家に未来はない(3)
   田中良紹の「国会探検」  投稿者: 田中良紹 日時: 2011年5月 3日
   http://www.the-journal.jp/contents/kokkai/2011/05/post_259.html

湾岸戦争が終わると、アメリカと覇権を争ってきたソ連が崩壊し、地球の半分を支配してきた帝国は12カ国の独立国家共同体(CIS)になった。一方のアメリカは一国で世界を支配する超大国となる。


なぜゴルバチョフ書記長が「ソ連解体」を決断したか。ジェームズ・ベーカー元国務長官は「湾岸戦争でアメリカが使用した精密誘導兵器が原因」と言った。ベトナム戦争で大量破壊兵器を非難されたアメリカは、ハイテク技術を駆使する精密誘導兵器の開発に力を入れ、それを湾岸戦争で初めて実戦に使用した。新型兵器を世界に誇示するため、アメリカは戦争のテレビ実況中継を行った。

核兵器だけを作り続けてきた計画経済国家には到底追いつけない技術と思われた。シェワルナゼ外相がゴルバチョフに「帝国の解体」を進言したのだとベーカー氏は言った。一方、アメリカの政治家達は「ビル・ゲイツを生み出す国が計画経済に勝った」と新規参入を奨励するアメリカ資本主義を自慢した。それならアメリカを脅かす計画経済国家日本にも勝てる筈である。

アメリカ議会は「ソ連の次の脅威である日本経済をいかに封じ込めるか」の議論を始めた。日本経済の構造が分析され、大蔵省と通産省が司令塔となり、政界と財界がそれに協力し、国が一丸となって輸出を進める構造が解明された。

その議論はブッシュ(父)政権からクリントン政権へと引き継がれ、やがてクリントン大統領は「大蔵省、通産省、東大」を「日本の三悪」と呼ぶのである。すると不思議な事に東京地検特捜部が「ノーパンしゃぶしゃぶ接待」をマスコミにリークし、「大蔵省・日銀接待汚職事件」を摘発した。

産経新聞の石塚健司記者が書いた『「特捜」崩壊』(講談社刊)によると、逮捕された大蔵省のキャリア官僚は全く無実の「人身御供」であると言う。大蔵省の天下り先を法務・検察関係が奪うことになるが、この事件によって官僚に対する国民の信頼は一気に崩れた。バブル崩壊後の金融不祥事と相まって、司令塔不在の日本経済は「失われた時代」をずるずると引きずる事になる。アメリカの日本経済封じ込めは思惑通りになった。

一方でソ連の崩壊はアメリカに安全保障体制の全面的な変更を迫った。2年から3年の時間をかけてアメリカ議会が議論したのは、ソ連の核をどう管理するか、CIAを廃止すべきか、軍の組織をどう変えるか、そして米軍の世界配備の見直しなどである。

最大の問題はソ連が管理してきた核物質、核技術、核科学者の流出をどう防ぐかであった。ソ連崩壊は核拡散の危険を増大させていた。アメリカの目はソ連以外の地域にも向けられ、そこで北朝鮮の核疑惑が浮上した。

ソ連の核の脅威を探るために作られたCIAの任務は終わったが、冷戦後の世界には民族主義の台頭が予想され、脅威は拡散すると考えられた。CIAは廃止されるどころか増強され、CIA長官は他の諜報機関を束ねる地位に就くことになる。

ピラミッド型の軍の組織はコンピューター時代に対応し、前線の個々の兵士とアメリカ本土の司令部が直結するネットワーク型に変更された。そして冷戦を前提とした米軍の世界的配備も全面的に見直される事になった。要するに半世紀に亘って続いてきた体制は悉く変更される事になった。

ところが日本は冷戦後の時代にどう適応するかの議論を全く行わなかった。当時の宮澤喜一総理は「冷戦の終結で平和の配当が受けられる」と気楽な事を言い、国会は相も変わらず「政治とカネ」の議論に終始していた。心配になった筆者が外務省高官に霞ヶ関の対応を聞くと、そこでも組織立った議論は行われていないと言う。日本は国全体が冷戦が終わった事に無関心だった。

冷戦の終結で「反共の防波堤」としての日本は不要になった。日米安保も本来の役割を終えた。アメリカの分析通り、冷戦後の世界では各地に民族主義が台頭し、隣の韓国や台湾も例外ではなかったが、日本だけはそうした動きもなかった。一時は日本をソ連に代わる脅威と見たアメリカが、日本が自立できない国である事を知ると、アメリカの軍事力に守られて蓄積した富を搾り取る対象と考えた。

そのためアメリカ自身は冷戦時代と異なる思考で世界を睨みながら、日本には冷戦時代の思考を残すようにした。アジアには台頭する中国と核疑惑の北朝鮮がある。だから「アジアの冷戦は終わっていない」というロジックで駐留米軍は維持され、日本はアメリカにすがるしかないと思わされた。

しかし中国、北朝鮮はかつてのソ連と同じではない。「ソ連封じ込め」でアメリカは日本経済を強化したが、「中国封じ込め」はその逆である。米中は経済で緊密に提携し、お互いがなくてはならぬ存在になっている。例えば電気自動車に使用するリチウム電池技術を共同開発し、先行する日本を叩きつぶす戦略を立てている。北朝鮮も対米外交を重視し、日本を無視する国家である。両国ともアメリカと対立はしていても対日問題となるとアメリカと手を組む可能性があるのである。

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【●】覚醒なき国家に未来はない(4)
   田中良紹の「国会探検」投稿者: 田中良紹 日時: 2011年5月 3日
  http://www.the-journal.jp/contents/kokkai/2011/05/post_260.html#more

北朝鮮の核疑惑はブッシュ(父)政権時代から指摘されてきたが、アメリカは実力で阻止しようとはしなかった。むしろ事実上の核保有を許容したとも受け取れる姿勢を見せている。


一方で日本は北朝鮮の核と対峙するため、アメリカの核の傘への依存度を強め、イージス艦やミサイル防衛の装備をアメリカから購入した。イージス艦もミサイル防衛もブラックボックスがあり日本独自では使えない兵器である。中国や北朝鮮にとって日米安保は今でも日本を自立させない「ビンのふた」であり、アメリカにとっては両国の存在が日本を従属させる鍵になっているのである。

1981年に筆者はイランと国交断絶したアメリカがイランに食糧のコメを輸出している現場を見た。初めは驚き、次に国際政治とはこういうものかと思ったが、その後アメリカがイランに武器まで輸出している事を知った。イラン・イラク戦争でイラクを支援していたアメリカが敵国イランに武器を売っていた事になる。

またイラクがクエートに侵攻した湾岸危機でも当時のアメリカ大使がサダム・フセインにクエート侵攻を認めていたと議会で問題にされた事がある。アメリカ外交には裏がある。アメリカは国益になると思えば誰とでも手を組む。国際政治には表とは違う実態がある事を日本人はよくよく知らなければならない。

日本がアメリカにとって脅威でない事が分かると、アメリカの「日本バッシング」は止み、日本はパッシング(無視)されるようになった。冷戦後のアメリカがアジアで「戦略的パートナー」としたのは中国である。アメリカ大統領がアジア歴訪の際、最後に中国を訪れる事がそれを物語る。

ところが日本人は「アメリカ大統領が真っ先に日本に来た」と言って喜ぶ。人は色々の人間から情報を仕込んだ後で最重要の人物と会うものである。最初に来たと言って喜ぶ日本人は悲しくなるほどの外交音痴だ。「日米同盟」を金科玉条のように言う日本人もいるが、「同盟」ほど当てにならないものはない。国益になれば守るが、ならなければ「同盟」を破棄するか無視するだけの話である。

今のアメリカが中国を重視するのは当然である。アメリカが最も脅威を感じる国だからである。世界を一国支配してきたアメリカの力は衰退に向かっている。多極化する世界で優位を保つために強い相手を無視する訳にはいかない。

一昨年、建国60周年を迎えた共産主義の中国は、前半の30年で共産主義を模索し、後半の30年は「日本モデル」の経済成長を模索した。「日本モデル」とは「政権交代のない政治体制」と「輸出主導による経済成長路線」である。

ところが一昨年日本に政権交代が起きた。中国共産党は慌てたと言う。日本には政権交代がないから官僚が司令塔になり、国家が一丸となって輸出主導の経済成長を実現した。そう信じてきた中国は日本の変化に困惑した。

中国はアメリカからも民主主義でない事を批判されている。中国共産党の第六世代にはアメリカ留学組が多い。党内で民主主義を巡る議論が行われたと言う。しかし結論はやはり一党独裁を続ける事を確認したと聞く。

「日本モデル」を追求してきた中国は日本のGDPを抜いて世界第二位の経済大国となった。しかし一人当たりのGDPは日本の十分の一で、東京オリンピックの頃の日本の水準である。その頃の日本はまさに「昇り竜」であった。二流国になる事を拒否し、核武装を考え、超大国を目指した。しかし敗戦国の悲しさでアメリカがそれを許さなかった。

中国はそこが違う。戦勝国の側にいて既に核を持ち、アメリカの風下に立つ必要がない。しかも資本主義が危機に見舞われた時の計画経済は強い。80年前の大恐慌でも共産主義のソ連と国家社会主義のドイツだけは影響を受けなかった。現在もまた危機に陥った世界経済を中国が支えている。

中国に自信が生まれるのは当然である。一昨年から外交方針が「守り」から「攻め」に転じた。中国は「日本モデル」より「アメリカ帝国モデル」を追求するようになったのである。「アメリカ帝国モデル」とは、世界最強の軍事力と世界最強の通貨を持ち、世界中の資源と情報を支配する事である。中国は急速な勢いでそれを目指している。

一昨年来日したエフライム・ハラヴィ前モサド(イスラエル諜報機関)長官からこんな話を聞い た。「イスラエル建国から18年間、アメリカはイスラエルへの武器輸出を禁じてきた。周囲を敵に囲まれながら我々は自力で生きてきた。その生き様によってアメリカは武器禁輸を解除した」というのである。

またハラヴィ氏は「核兵器を持っているか、いないかは決して言わない。言わない事が抑止力だ」と言った。その話に筆者は感銘を受けた。自力で生き抜く決意がなければ、いかなる「同盟」も「核武装」も無意味である。

中国と対峙すると言う時、多くの日本人はアメリカの核に守られるか、自力で核武装するかの議論になる。しかしそれは余りにも安易な冷戦型思考である。冷戦後の日本は自力で生きる事をまず決意すべきである。自力で生きるとはあらん限りの知恵を外交に注ぎ込む事だ。

これまで述べてきたようにアメリカの力を借りて中国と対峙する事ほど愚かな事はない。同時にアメリカ、中国と敵対する事もまた愚かである。ユダヤ人が「ネオコン」となってブッシュ政権内部に食い込んだように、アメリカと中国を内側から操る戦略が我々にも必要である。アメリカに、中国と対峙するには日本が必要と思わせ、中国にもアメリカと対峙するには日本が必要と思わせるのである。

そのためにはロシア、インド、韓国などとの関係を深化する必要がある。ひたすら日米同盟にすがったり、国際社会が見ている前で核武装を議論をするのは、自力で生き抜く覚悟とは無縁の行為である。早く冷戦型思考から目覚め、民族自立の道を国民に教えないと日本は21世紀を生き抜けない。

(この原稿はオピニオン雑誌「伝統と革新」第三号に寄稿したものです)


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